Article:月刊ショパン

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月刊ショパン 1985年12月号
1985年6月に室内楽で初来日を果たした後に、初ソロで2回目の来日となった同年10月のときに取材されたインタビュー。この記事と、同じ時期の音楽現代1985年12月号が、日本の雑誌で最古のインタビューと思われる。よって、この記事の中で「去年の6月にベルリンフィルの室内楽と来日」と書いてあるのは間違い。インタビューの内容的には、それほど面白い内容はないが、自分のことを、「編曲弾き」ではないというあたり、どの口で!?と思うが(笑)。あと、こっちのインタビューではベートーヴェンの交響曲全曲を録音する決心はついていないといいながら、音楽現代のほうでは、全曲録音しなければならないと言ってるし・・・。
月刊ショパン 1987年04月号
1987年3月に発売されたシューマン「子供の情景・森の情景・音楽帳」のCDで初の表紙。インタビューなど記事は無しで表紙のみ。しかし、なんと好青年に見える写真だろう・・・。
月刊ショパン 1987年06月号
カツァリス、ソロで2回目の来日時に、サントリーホール公演の前に記者会見をやった模様や、ファンとのパーティーの模様などの特集記事。記者会見ではボレロの4手版を一人でレコーディングしたいといってるが、もちろん実現していない。この号には、巻末付録に手形がついていた。実際、とても小さい手。記事の扱いもスター感ある・・・。
カツァリス手形
月刊ショパン 1988年05月号
サントリーホールでのフランス音楽プロの様子や、そのあとのファンとのパーティーも模様を紹介。実は、この全日空ホテルでのパーティーに若き日のワタクシも参加しておりました。そのときの写真も実はあるのだが、カツァリスもワタクシももはや今と比べると別人・・・。
月刊ショパン 1989年05月号
テルデックにブラームス・モーツァルトなどを録音した後、ベートーベン交響曲完結の運命、エロイカ変奏曲を録音するときくらいの時期に、この後何回も取材してくれている伊熊さんがパリの自宅を訪れてのインタビュー、特集記事。このもっている人形はこの前年の来日時のパーティーで日本のファンから渡されたもの。
月刊ショパン 1989年11月号
この年の9月に東京ベイヒルトンホテルで開かれた雑誌「Hanako」の創刊1周年記念コンサートの模様を紹介した記事。このためだけに謎の来日を果たしたわけだが、このときHanakoには旧知の伊熊よし子さんが連載をしていた関係らしく、伊熊さんがカツァリスを推薦したらしい。
しかし、20代女性向け、バブルを象徴するHanakoという雑誌の1周年記念に、カツァリスというのが、あまりにも時代の移ろいを感じさせる・・・。
月刊ショパン 1990年03月号
テルデックから発売した「バラード&スケルツォ」が1985年のショパン協会の最優秀レコードに選ばれた縁で、この年に行われるショパンコンクールの審査員に決まったカツァリスの壮行インタビュー? 審査員が常にいやだというカツァリスのコメントや、因縁のギレリスとのその後エピソードなどなかなか興味深い内容。
月刊ショパン 1990年12月号
1990年第12回ショパンコンクールは、史上初の1位無しの結果に終わったが、この号で各審査員のロングインタビューが掲載されている。カツァリスの見解としては、「1位無しは妥当」「総じて本選出場者のレベルは物足りなかった」「日本人はみな良かった」など、審査員はやってみたら「意外と楽しかった」「自分のためにもなった」だそう。内容は非常におもしろいので是非読んでほしい。以前にカツァリスと横山幸雄さんのショパン全曲演奏会の話題になったとき、あまり覚えてなかったみたいだったけど、このときがっつり審査してたんだよな。
月刊ショパン 1993年03月号
NHK「ショパンを弾く」のまさに放送中の記事。月刊ショパンなのだから、「ショパンを弾く」はもう少し大々的に扱ってくれても良さそうだったが、この1ページのみ。まあ、これまでにオリジナルピアノスコアなど結構頻繁に載せてくれてたけど。改めて感謝。
月刊ショパン 1993年06月号
この年の4月にストラスブール・フィルのソリストとして来日した際、アンコールで自作「サクラ・ユニヴァリス」を弾いたことを絡めて、発刊予定だった楽譜集「吟遊詩人と姫君」やソニークラシカルから発売予定だったショパンCDの宣伝も兼ねたミニインタビュー記事。
月刊ショパン 1993年08月号
NHK「ショパンを弾く」放送後の来日で全公演ソールドアウトのため、オーチャードホール公演を追加公演にしたその最終公演の記事。アインシュタインかどうかはさておき、バブル人気でしたなあ。
月刊ショパン 1994年12月号
「ショパンを弾く」バブル人気に沸いた93年来日公演から一転、ワーグナー編曲プロを持ってきて、バブル人気が終わった来日公演を、なぜかアンドレ・ワッツと並べて紹介した記事。この記事でも触れられているように、確かに客席は前年と違ってドン引きしていた。今となっては笑えるけれども。それにしてもワッツはどこへ行ってしまったんでしょう?
月刊ショパン 1997年01月号
「ショパンを弾く」のバブル人気が落ち着いた後は、残ったのは、いわゆる筋金入りのファンだけだった、という記事(笑)。いうまでもありませんが、この中にワタシも写っています。ちなみに、この年がソロでは最後のサントリーホール公演があったとき。プログラムは、前半が舟歌、後半がイタリアオペラのパラフレーズものと、実は非常によいプログラムだった。有名な話だが、この記事の中で紹介されている「銀河宇宙で一番旨いとんかつ」屋さんは目黒の名店「とんき」さんです。何回も行ったなあ。
月刊ショパン 1997年12月号
音楽評論家の青澤唯夫さんのコラム「ピアニスト・ニューワールドシリーズ」の最終回でカツァリスを紹介してくれており、この時点での評価としては、かなり的を得たコメントかつ最大限に賞賛してくれている大変にありたがい記事。思えば、青澤さんは80年代の衝撃のデビューから「ショパンを弾く」を過ぎても、一貫して、大手の媒体やご自分の本などで高評価してくれている数少ない評論家の方の一人。この号では2度目の表紙に登場。
月刊ショパン 1999年01月号
1998年11月の来日公演のショパン・シューマンの幻想曲を中心にしたいわゆる「ファンタジープロ」の津田ホール公演の模様の記事。それから、このころすでにソニークラシカルと喧嘩別れし、自分のレーベルの設立を考えていたころでそれについてのインタビュー記事。ちょっと興味深いのは、ソニーを離れてもショパン全集を完結させる気でいた模様で、「ショパンのワルツ」などといってるからには、ワルツの新録音がいまも眠っているのだろうか? あと最後に秘密といいながら仄めかしている世界初録音はその後PIANO21から最初にリリースされたベートーヴェンのプロメテウスのことだと思われる。
月刊ショパン 1999年03月号
カツァリスもあまり最近は言及しないのだが、彼の有名人の自筆の手紙コレクションを披露している記事。いまも集めているのだろうか? 
月刊ショパン 2004年08月号
久しぶりの登場は、「古今東西ショパン弾き物語」という連載で、また青澤氏がとても的確な評をつけてくれている。本当にありがたい。
月刊ショパン 2015年10月号
なんと前回から10年ぶりの登場は、バラード・スケルツォ特集で。いつのまにか名盤中の名盤といわれるようになった「バラスケ」の話や、この年来日公演ではじめて弾いたバラード2番の話など。しかし、カツァリスとしてはいまさら「バラスケ」の話なんかしたくないという気持ちがありありとみえるこの状況で、なんとか特集の趣旨に合わせるように話を聞きだし、記事に仕上げた盟友・森岡さんのお仕事ぶりに感動。
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